年齢に縛られない新たな働き方を。
これからの日本が目指すべき社会。
対談メンバー
■インタビュアー
山根 夏希
福岡支店編集課 主任
■インタビュイー①
平田 重二郎
東京支社営業課 参事
■インタビュイー②
田中 立美
福岡支店営業課
Q:お二人の入社のきっかけは何ですか?
まずは平田参事からお願いできますか?
平田
前の会社を退職して、2年ほどのんびりと過ごしていたが、生活があるため再び就職活動に取り組んだのがきっかけ。
たまたまコミュニティ関係の雑誌を制作している編集長の友人がいて、私は情報発信に関係した仕事がしたいと思っていたので、東京のハローワークで仕事を探していたところでニチコミと出会った。
元々は編集の仕事がしたかったということですか?
平田
雑誌のように様々な情報を発信できる業界であれば営業でもよかったので、今の仕事を選びました。また、家内が教科書の制作の編集長をしていたので、大変だけどやりがいのある仕事だからやってみたらと勧められたのも大きかったね。
当時は、役員に連絡を取って面接をしてもらい内定をいただいた。まだ会社も小さかったので、入社してから色々な驚きがあったね。
それは何年前の話ですか?
平田
そうだねぇ、、、14年ぐらい前の話だね。今ではニチコミもしっかりとした会社に成長しているから、当時を知る社員は東京支社で2人になってしまった。感謝してほしいわけではないけど、隣にいる田中さんもそう、当時のニチコミを支える「礎」となっていることは間違いないと思っている。
田中さんはどうだったの?
私の場合もハローワークからの応募だった。
元々は会社に勤めていたのだが、母親が心臓病を患い普通に生活するのも難しくなってしまった。父親も認知症になってしまい、両親の介護で会社を少しずつ休むようになり退職をせざるを得なくなった。両親を支えるために、会社を退職し介護に専念することを決断した。
両親が亡くなってようやく就職活動を始めたのだが、当時は60代で年齢的に条件が厳しかったことを覚えている。当時からニチコミは定年制がないということで、とにかくチャレンジしようと思った。
田中
平田
当時は当時で採用基準が今と違う意味で結構厳しかったよね。会社としても立ち上がって間もないころだし。
そう。私の場合は年齢が高かったので、ヒヤヒヤした。
ハローワークの受付の方にどれぐらいの募集が入っているかと訊いたところ、30名程だと言われ、採用枠が1名だったため結構厳しいと思った。でも、可能性はゼロではないと応募を決めた。
後日、電話がかかってきて書類選考が通ったと連絡があり、面接は若い社員さんが担当してくれた。老人クラブ関係の仕事なのに、なんでこんな若い子らが出てくるのかなと思った。面接を待っている人も若い子ばかりで正直不安でいっぱいだった。
でも、当時の面接官に「この会社はハート(気持ち)が大切だから」と言われ、確かになと思った矢先、いつから来れるかと内定の電話があり運命を感じました。
このハート(気持ち)の部分を大事にしているのは今も変わってないことは間違いないと思う。
田中
平田
そうだねぇ。
ニチコミではスキルはもちろん大事だけど一番大事にしているのは気持ちというところは昔から変わってないしこれからも変わらない。そういう意味ではニチコミに共感できる人財が集まるようになってるのかもしれないね。
Q:10年以上ニチコミでご活躍されているお二人ですが、 その中で会社はどんな変化がありましたか?
それでは、10年以上ニチコミで働いていらっしゃる中でどんな変化がありましたか?
平田
まず昔は40〜60代の人が多かった!今は20代の若い人の割合が多いよね。明らかに若人が活躍していると思う。私が働き始めてから社員数も右肩上がりで増えていった。働き始めた頃、誰もこれほどの会社になるとは予想してなかったんじゃないかな。
同時に採用の方針も大きく変わった。ニチコミが大事にしているハートの部分が会社の社風を作り、それを実現できる人財を採用するようにシフトしている。今でも課題だと感じるところもあるが、採用後の研修などの育成にも力を入れ始めているのも大きな変化だと思う。
確かに。
私が入った時はやはり中高年者が多かった。今みたいに教育プログラムはなかった。入ってから当日は会社の事業についての説明を受けて、基本トークを覚えて翌日には営業に駆り出されていた。現場で、一発勝負をしていた。あれはきつかった。
今は教育プログラムを組んでもらっているところもあって昔は何も分からない状態から営業に出る事も普通にあったので昔に比べれば組織としても大きく体制が整ってきている。
田中
平田
まだまだ未完成だから教育担当のプログラムをしっかりと整えないとだめだし、施す側の人財育成も必要だと思う。
会社は大きくなればなるほど、社会的な信用もでてきて働きやすくなる。社名が認知されていれば、飛び込みで営業に入っても話を聞いてもらえずに追い払われることはなくなっていく。
あと、昔は営業時に事業所を回るのにゼンリンみたいな手持ちの地図を使っていたけど、今はタブレットを活用してとてもまわりやすくなったと感じるね。
田中
平田
社内のデジタル化が進んだことで、朝礼を出張先からでもzoomで受けられるようになったのも良いよね。やっぱり、全社員が一丸となって連携をとるためにはコミュニケーションが大事だから便利な時代になったと日々感じるよ。
最近では、拠点間も頻繁に打ち合わせができるようになってこれはとてもいい変化だと思う。
でも、数字についてはまだまだお粗末だと感じる。ニチコミは部門別採算を導入してから会社の数字がオープンになったが、営業の現場で損得勘定が考えられる社員が少ない。もっと数字にも興味を持ってほしい。
平田参事の話とは少しずれちゃうけど。
数字という部分では、私が入社した時はルート営業と新規2件か3件の広告スポンサーをとればOKと面接で言われたけど、段々と1日の目標とする枠数も増え今は天井を作らなくなった。この「天井を作らない」という考え方もニチコミらしいし、社員の品格向上としてクレド手帳を採用したことが大きいと思う。
当初からクレドカードはあったが、本格的に運用するようになり、朝礼の場で輪読と感想を毎日行っておりそれぞれ足りない考え方を補う一つのきっかけとして運用しているが、誤解を恐れずにいうと邪な考え方は選別されるし人間性を高めるためには非常に大きな変化だと思う。
田中
今後、ニチコミに期待する変化はありますか?
平田
そうだねぇ、、、
最近では社章があったらいいなと思うことがある。SDGsではないけれど、ニチコミが社会貢献型企業であるという点について、まだまだ広報活動が弱い部分がある。ニチコミの想いをバッチに乗せて、ネームプレートもあれば、営業に入った時にどんな会社の誰なのかが、ある程度担保されるので有効面談の数も少しは変わってくると思う。
今はできなくとも、従業員が100名を超えた時に団結力と記念として作るのも面白いかなと思っている。
私は、具体的にはない。今でもzoomのような画期的なコミュニケーションツールによって遠方の仲間と繋がれるのは非常にうれしく思っている。
しかし、ツールは発達しても利用する私たちが発信しないことには始まらない。営業が出張に出た時に、会社で起こった出来事が共有されていないことがしばしば発生しているので、そういった情報共有がしっかりとできる環境が整うことを願っている。
田中
Q:70歳を超えてもなぜ現役でこの仕事を続けられているのですか?
70歳を超えてもなぜ現役でこの仕事を続けられているのですか?
平田
東京で就職したのが1974年で、当時から社長がよく話している「近江商人の話」にいたく感動してこのビジネスをやっていこうと決心したことと、会社が発展して、顧客とその周りの関係者も満足し、歴史に残るような仕事しようという、所謂、「三方よし」の考え方をニチコミで実践していきたいと思ったことが一つ。
もう一つは、朝礼で話したことがあるけど、「努力して結果がでると自信になる。努力して結果がでなくても経験が残る。努力しないで結果がでるとおごりになる。努力しないで結果がでないと後悔だけが残る。」これを大先輩に毎日のように言われた。ここまで続けられるのはこの仕事が天職だと本当に思っているかどうかだと思う。今働いている若手にもそう思うようになってほしい。努力は報われるまで努力しなさいという言葉と、成功とは成功するまで続けないと成功しないという言葉を伝えたい。
ニチコミで働いて十数年なので、こういった過去の思想を残していきたいという想いがあって続けていられる。
なんで続いてるのかなぁ。自分でも不思議だけれど、入社初日からひたすら歩いて、歩いて豆ができるまで歩いて、正直これは続くかなぁと思った。それをもう一日頑張ってみようと思ってまた一日を続けた。それが10年以上続けてこれた理由かもしれない。
働くことは身体にも非常によく、規則正しい生活を続けることができるきっかけだと思う。気まま暮らしの人は必ず生活が不規則になり、それが大病につながる。ニチコミにいれば、適度な緊張感があって数字に責任もあるからそれが元気の素だと考えている。だから、どんなにきつくても今も頑張ろうと思えている。
田中
平田
目標は80歳まで働くって言ってたね。
いやいや、まずは75歳までを目標にしていきたいと思っている。
身体のことを思い、それが気付いたら10年以上も働くことになった。病気にならず、これからも続けていきたいと思う。
田中
平田
健康は本当に大事。この営業の醍醐味は飛び込み営業で、知らない人と知り合いになれること。ほんとに職業も年齢も違う人と知り合いになれることがいい所だと思っている。
これも健康でいられればこそ、続けられることを忘れてはダメだと改めて気づかされた。
営業をする側もいろんな人がいるからモチベーションの維持も人それぞれだと思う。営業はいろいろな話題の引き出し持っている方がやりやすいし楽しいと思うね。
Q:「誰もがいつまでも活躍できる会社の実現」についての想いを一言お願いします!
最後に誰もがいつまでも活躍できる会社の実現に向けて一言お願いします。
平田
この仕事は営利を求めるだけではないから、社会貢献を続けていきたい。
健康であること、体力が続く限り長くやりたいですね。
維持するために、一日一万歩。スクワットを朝夕、20回ずつを続けている。
面接を受けた時から、社風や理念に運命を感じたのでどんな苦しいことがあってもとにかく頑張ろうという想いは今も変わらない。
理念に運命を感じた時や入社できた時の感動を忘れずに、70歳の次は80歳を目標に頑張っていきたいです!
田中